เข้าสู่ระบบ「みーちゃん!」
「大丈夫かい? 顔色が優れないみたいだけど……」
病室を出て美月は乃愛と二俣と合流した。抱きついてきた乃愛を優しく抱き締めると、美月は何も言わず二俣の問い掛けに首を振った。
「……そうか……あの、それでこれからどうしようか」
白無垢の女を封じる何か策があるわけではない。二俣の言葉にはそんな戸惑いの響きが含まれていた。
「永久に先君をば待たん暗闇に花の塵ゆく定めとしても」
美月ははっきりと声に出し、白無垢の句を読み上げた。改めて読むと、綺麗な句だと実感する。
愛する人から引き離され、おそらくは毎日毎夜、蛮行に耐え抜いた。その上でなお人を想う気持ちを短歌に認《したた》められたのはそれだけ
「! おじいちゃんが!? でも──」 そんな感じじゃなかった。それに、儀式が失敗するのをわかっていて火を付ける理由がない。「そうです。おじいさんは火が起きた原因はわからないと言っていました。だから僕も慌てて理由を聞こうとしたら、『弓弦と美月には悪いことをした。弓弦が生きていてホッとした』って言ってて。警察ではそれが自供と捉えられたみたいなんですが、どうもそんな感じはしなくて」(儀式をしたことの贖罪? でも、今は考えている時間がない)「先生。とにかくおじいちゃんから話を聞かないと!」「ええ。では、一度警察署に」 病院の駐車場へ出ると、太陽はもう沈みかけていた。ここからは夜の暗闇の時間帯。不安げに空を見上げた美月の黒い髪の毛にヒラヒラと舞う一枚の桜の花弁が付着した。 *「よう来たな美月」 机を挟んで向こう側に座る祖父は穏やかな顔をして美月を出迎えてくれた。あまりにも普通に迎えてくれたことで美月は拍子抜けしてしまいすぐに返答できなかった。「何しに来たかはわかっとる」 そう言うと、祖父は机に両手をつけて頭を下げた。「すまなかった」 重い言葉が狭い一室の中で静かに響く。たった一言だけではあったが、それだけで何に対しての謝罪なのかが美月にも痛いほど伝わってくる。 留置場に来る前に警察から聞いた話では、自宅への放火だけではなく孫──つまり弓弦の監禁についても自供したらしい。しかし、白無垢の女のことや恋唄など背景にある真実については何も話をしていない。祖父は全ての問題を自分で背負い解決を図ろうとしていた。──事件の裏側にある怪異を除いて。 だから
「みーちゃん!」「大丈夫かい? 顔色が優れないみたいだけど……」 病室を出て美月は乃愛と二俣と合流した。抱きついてきた乃愛を優しく抱き締めると、美月は何も言わず二俣の問い掛けに首を振った。「……そうか……あの、それでこれからどうしようか」 白無垢の女を封じる何か策があるわけではない。二俣の言葉にはそんな戸惑いの響きが含まれていた。「永久に先君をば待たん暗闇に花の塵ゆく定めとしても」 美月ははっきりと声に出し、白無垢の句を読み上げた。改めて読むと、綺麗な句だと実感する。 愛する人から引き離され、おそらくは毎日毎夜、蛮行に耐え抜いた。その上でなお人を想う気持ちを短歌に認《したた》められたのはそれだけ心が真っ直ぐ想い人に向けられていたゆえ。 そして祝福に反するこれだけの呪《のろ》いを残したのも、その清らかな性根のためだったのかもしれない。「先生」 美月は勇気を出して目を合わせた。関係ないと知っていても、二俣が男性だと言うだけで今は怖かった。「死後婚のこと話していましたよね?」「死後婚? あ、ああ」 二俣は眼鏡のフレームを上げた。「若くして亡くなってしまった人を亡くなった後に結婚させる。古塚家が行っていたこともその一種だと思うんです」「確かに……そうかもしれない。添い遂げさせると言っていたから、白無垢の女との死後婚と言ってもいいかもしれないね」「はい。でもきっともう一
『弓弦には結婚式用の紋付袴を着せて女が現れる常闇の祠に入ってもらった。魂が暗闇に沈み、女を受け入れるまで』(おじいちゃんはそう言っていた。病室で兄さんは、助けを求めているようだった。もしかして、兄さんも見ていたのかもしれない。これと同じ光景を、白無垢の女の過去を。儀式が過去を追体験するということだったら。兄さんが今、見ている夢を私も見せられている……? そうだとすると、今起こっているこれは……) 女の絶叫が身を凍り付かせた。 美月はぎゅっと目を瞑り、両手で耳を強く押さえた。それでも繰り返される叫び声が突き抜けるように鼓膜を揺さぶる。 反吐が出そうな臭いも鼻に付き、気色悪い熱気が肌に纏わりつく。暗闇で行われている行為がまさにそれだと五感を通して体に叩きつけられているようだった。(やめて……) 願っても叫び声は止まらない。それどころか、黙らせるためなのか殴り付けられるような鈍い音も交じる。 熱気はますます増し、自分の耳に臭い息が吹きかけられているような錯覚すら覚えた。(やめて、お願い……) 美月は立っていられなかった。ガクガクと膝は震え、軋む木板の上に倒れ込む。膝に胸を押し付けて祈るように耐え抜くことしかできなかった。(やめて、やめて、やめて!) 叫び声が美月の願いともリンクする。これ以上聞いていられなかった。味わいたくなかった。できることなら耳も鼻も目も全てを削ぎ落して、何も感じない状態にしてほしかった。 再三の美月の願いも虚しく、状況は何も変わらなかった。 これは、過去の記憶。白無垢の女がまだ生前に体験した記憶そのもの。抗う術はなく、男たちが満足するまで終わることのない地獄そのものだった。
むっとするような湿気が鼻腔を塞いだ。次いで木々の匂いが押し寄せ、風が髪を巻き上げていく。目の前では白い着物を着た髪の長い女が複数の男に羽交い締めにされていた。(えっ?) 何が起こったのか、思考が全く追い付かない。病室にいたはずなのに、周りの景色は全然違うものに変わっていた。場所どころか時間もわからなかった。 また、悲鳴が上がる。女が出した悲鳴であることは間違いなかった。「おい! 早く黙らせろや!」「わかってるって、どこに……あったった、これこれ」 女を囲む一人の男が汚い袋から取り出したのは白い布のようなものだった。それを助けを求め続ける女の口へ噛ませると髪の後ろで縛り、声を上げなくさせる。「ほら! 急いで戻るぞ! 暴れんな、オラ!」 頭に笠を被った男が容赦なく女の腹を殴った。鈍い音がして女は地面へと倒れた。さらに他の男たちが頭や肩、横腹に蹴りを入れる。その度に苦痛の声が女の口から漏れるが、暴行は止むことなく女が動かなくなるまで続いた。 笠の男が女の髪に唾を吐きかける。「ったく、素直についてくれば痛い思いをしなくてすんだのに」「そうそう。どうせこの後、散々痛い思いをするんだから抵抗するだけ無駄だって」「慣れたら、そのうち自分から求めるようになったりしてな!」「馬鹿なこと言ってねぇで。ほら、今度こそ行くぞ!」 振り返った男の目が美月と合う。飢えた野獣のような目だったが、男は美月に気が付くことなく女を抱えてどこかへ去っていった。 美月は一連の事態を見過ごすことしかできず、突っ立ていた。しかし、体は縮まり込み寒くもない
膝に頭を乗せた乃愛が栗色の大きな瞳で真っ直ぐに美月の瞳を見ていた。柔らかな手が美月の頬に伸び、まるで泣いている子どもをあやすように撫でる。「大丈夫。みーちゃんだったら大丈夫。だけど、一人ぼっちになったらダメだよ」「……乃愛」 名前を呼ぶと、乃愛は微笑んだ。美月は「うん」と声を出して頷くと、乃愛の手を取り、強く握り締めた。「すみません、古塚弓弦さんのご家族ですか?」 ショートヘアの看護師が申し訳なさそうに割り込み、笑顔で声を掛けてきた。「はい、そうです」「よかった。あの、ご本人の意識はまだ戻っていないのですが、弓弦さんの容態が安定したので、病室へ来てください」「わかりました」「2人きりの方がいいと思うから、僕は如月さんとここで待ってるよ。戻ってきたら、この後のことを考えよう」 二俣に頭を下げると、美月は早足で看護師の後についていく。 * 病棟の窓から夕陽が射し込んでいた。美月は忙しく動き回る看護師や談笑を交わす入院患者を避けながら弓弦の病室へと向かった。 隣を歩く看護師が場を和ませようといろんな質問を投げかけてくるが、どれも頭には入ってこず曖昧な返事に終始する。 鼓動が早くなり、手が汗にまみれて緊張しているのを感じる。意識がないとはいえ、今のこの状態で兄に会えば自分はどう思うのか、それが気がかりだった。「こちらです」 病室のドアプレートには、「古塚弓弦」と兄の名前が書かれた紙が挟まれていた。何度も見てきた名前のはずなのに、初めて見るような気がした。
「白無垢の女は実在する!?」「恋唄試してみる。」「呪いの証言」──まだ半日しか経っていないというのにSNSは白無垢関連の話題で沸騰していた。 今まではまだ個人的な呟きで済んでいたものが、動画コンテンツを生業としているインフルエンサーの中にも浸透してきている。無邪気な好奇心と無責任な興味とが混ざり合い白無垢の女の呪いを拡散させていた。 近くの病院へ運ばれて応急処置を受けた後、美月は病院の待合室でずっとスマホを見ていた。膝の上では乃愛が横になり、すやすやと寝息を立てて眠っていた。 兄の弓弦を助け出した後のことは慌ただし過ぎてよく覚えていなかった。 救急隊員や消防隊員、警察官には二俣が教師として応対してくれたようで、美月は弓弦とともに救急車に乗り込み、酸素マスクをつけられ処置される様子をぼんやりと眺めていた。 入口の自動ドアが開き、ばたばた走る足音が聞こえて美月はスマホの画面を閉じた。「いや〜お待たせ、お待たせ!」 片手に袋をぶら下げた二俣が美月の隣へと腰掛ける。椅子が大きく揺れて乃愛が目を覚ました。「事情聴取がやっと終わったんだ。とりあえず、お腹空いただろうと思っていろいろと買ってきた。古塚さんは何がいい? 好きなの取っていいよ」「……すみません」 美月は袋の中から卵サンドを取ると、丁寧に包装を開けて小さな口で一口食べた。(……味があまりしない) 当然か、と自分でも思う。食欲もわかないし味わって食べている場合でもない。兄の命は救えたが、母親は行方がわからなくなり、なにより問題は何も終わっていない。 二俣が乃愛にもサンドイッチを渡そうとしていたが、乃愛は何も言わずに横を向くとまた目を閉じた。